6杯目:令和に哀愁の街はあるのか

幕張少年マサイ族

スタッフが集めてくれた
東京都中野区/椎名誠撮影
(“チェキ” instax mini 90 ネオクラシック)

竹田 夏休みに読書感想文があるじゃないすか。

椎名 それ用に書店がフェアやって帯を変えたりしてるよな。

竹田 友人の息子、中学校2年生の男の子が読書感想文に「何かいい本ないですか?」というので、『哀愁の町に霧が降るのだ』(小学館文庫)を買って送ってあげたんですよ。

椎名 やっぱりお前はいいやつだな。どんどんやってくれ。

竹田 そうしたらその親父、つまり僕の友人が「なんて本を読ませてくれたんだ」と連絡ありました。

椎名 なんだと。

竹田 息子が「僕も早く大人になって友達と一緒にアパートに住んで、でっかいカツ丼とか鶏の鍋とかを腹いっぱい食べたい」というようなことを書いたそうです。

椎名 いい子じゃないか。

竹田 でも親父はやばい将来を夢見出した気がする、と。作中で実は正確な年齢とかは記されてないんですよね。野暮なので聞きませんが、若者の理想の未来としてはどうなのかという彼の気持ちはよくわかります。本当に飲んで食っているだけで、たまにビール盗んで。

椎名 若者はみんなそうだろ。

竹田 少なくとも現代は違うんじゃないですか。例えば小岩に風呂なしトイレ共同のアパートがあるのかな(検索を始める)……。

椎名 あるんじゃねえの。

竹田 あった。家賃3万円、フローリングです。

椎名 それは邪道だな。

竹田 あ、和室あった。すげえ、1万8000円、敷金礼金保証人不要。

椎名 あるじゃねえか。その子に教えてあげなさい。

竹田 せっかくだから僕も読み返したんです。素朴な疑問があったんですけれど、木村晋介さんのことです。

椎名 なに?

竹田 晋介さんって中央大の法学部じゃないですか。おそらくキャンパスは今も昔も多摩なんですよね。

椎名 そうだっけ。

竹田 木村さんの地元って中野じゃないですか。

椎名 そうだな。

竹田 だから小岩に住むのって、学校から遠ざかっていくわけですよ。意味がわからない。

椎名 ははは。

竹田 なに笑ってるんすか。

椎名 木村もそんなようなこと言ってたな。でもいいじゃねえか。

竹田 まあ僕はいいですけど。ただ、このホームページ内の椎名さんと目黒さんのコンテンツの中で、イサオさんについても椎名さんは「あいつは小岩に住んだほうが絶対に会社に近いんだよ。実家から通うよりも四十分は早い」と発言してます。

椎名 お前、よく読んでるね。

竹田 館長ですから。そこではそもそも当時、作っていた同人誌『斜めの世界』の編集室を作る目的だった。という衝撃の事実が明かされているわけです。ただ、なんで小岩だったかは明かされてないんですよ。

椎名 そうだっけ。小岩は千葉から近いからな。

竹田 そうか。椎名さんは千葉から出てくるから、おのずと総武線になるのか。そういう意味では『幕張少年マサイ族』(東京新聞出版)は「哀愁の街」のエピソード・ゼロなのか。

椎名 いい表現だな。

竹田 積年の謎がとけてちょっと嬉しいです。その小岩はこの前「住みたい街」だけではなく「住みやすい街」の上位に入ってましたよ。

椎名 そうなのか。

竹田 何年か前、雑誌で特集したんですけど安くてうまい焼き鳥屋や、店先で飲める酒屋いわゆる「角打ち」があったりして、確かに楽しい街でした。

椎名 上品な街とは言えないけどな。

竹田 だから住みやすいのかもしれませんね。でも前半のほうに話は戻るんですが、現代の子は克美荘ライフはできないででしょうね。

椎名 そうかな。

竹田 やっぱり携帯やらWi-Fiやらあると、便利で合理的になるので「誰かいるか? 飲もうぜ」といきなりドアを開けることもない。それじゃ、やる意味ないと思うんです。

椎名 なるほど。

竹田 でも、かといって不便な克美荘ライフをして得るものがあるのかと言えばそれも分からない。

椎名 そうかもしれないな。でも、損するかな得するかなとか、無駄になってしまうかもしれないなとか、考えたことは一度もなかった。楽しそう。それだけだよ。

竹田 あ、なんかいますごい合点がいきました。「損得とか考えるな。楽しそうならそれでいいじゃねえか」と友人に伝えます。

椎名 また怒られるかもしれないけどな。

 

椎名誠:旅作家。最近、肝臓がらみの数字がいいのでご機嫌。あまり知られていないが楽天イーグルスファン。

竹田聡一郎:怪しい雑魚釣り隊副隊長。本業はフリーライター。サッポロの「SORACHI」が売っていると絶対に買ってしまう。

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