3杯目:ワープロだからな、なめんなよ
富士通の名機・ワープロ専用『OASYS』
東京都中野区/椎名誠撮影
(“チェキ” instax mini 90 ネオクラシック)
竹田 聞きましたよ。大変じゃないすか。
椎名 どうした? まあ飲めよ。
竹田 そりゃ飲みますけど。パソコンぶっ壊れたと聞きました。あ、正しくはワープロか。
椎名 そうなんだよ、20年来の相棒が。
竹田 どういう症状なんですか?
椎名 電源入れても動かない。起動しても真っ白ということもあったな。でも何度かに一回は動くから「よおし今が好機だ」と書きはじめると、途中でウンともスンとも言わなくなる。文章が取り込まれたまま。文字を取りもどせ!
竹田 そんなクリスタルキングみたいな。
椎名 なんだそれ。
竹田 Youはshockです。ユリアです。それはいいんですけれど、原稿はどうしてるんですか?
椎名 仕方ないから手書きしているよ。
竹田 じゃあ、「愛用原稿用紙と太文字ペン」もついでに更新しちゃいましょう。(※こちら)
椎名 そうだな。頼む。ただ、これからはパソコンの時代だ!
竹田 (無視して2本目の缶ビールを開ける)
椎名 なんだオイ、なんとか言えよ。
竹田 だって、拳を握って「パソコンの時代だ」なんて今さら言われても。そんなのとっくに来ていて、むしろスマホが多くの人のメインデバイスとなった昨今、終わろうとしているくらいっすよ。僕も詳しくないですけれど、AI(人口知能)やら、ウェアラブル(着用できる)デバイスやらが当たり前で、量子コンピュータの実用化すら始まっているわけですから。
椎名 ちゃんと分かるように話してくれよ。
竹田 そもそもオフラインで原稿を書いてて、分からないこととや調べたいことが出てきたらどうしているんですか?
椎名 事務所のWさんに調べてもらったり、最近は風太がそれこそパソコンで検索してくれたりする。
竹田 持つべきものは優しい孫ですね。ん? 椎名さんてgoogleなどを自分で使ったことが、まさかない?
椎名 まあな。
竹田 何を自慢げに。ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンが聞いたら泣きますよ。いや、笑うかもな。ともかくレアな人材であることは間違いないっすね。すごいっすね。
椎名 お前さっきからなんかバカにしてないか。
竹田 モルツに誓ってしてないす。話を戻すと、つまりワープロを卒業してパソコンにする可能性があるということですね。椎名さんの愛用する親指シフトキーボードを使って。確か姫野カオルコさんも親指シフターじゃないですか? 文春のインタビューで「親指シフトは私にとって、心を救い、そして掬って、伝えてくれる道具である。この道具が、現在では、広く知られていないのは、日本語の危機とさえ思う」と書いています。
椎名 何を隠そう姫野さんはこのワープロをくれたからな。姫野さんありがとう。
竹田 そういや雑魚釣り隊の担当編集である週刊ポストのケンタロー君は黒川博行さんにも原稿をもらったことがあるそうなのですが、黒川さんも親指シフターらしいのです。こちらは「ガラパゴス的なキーボード」と週刊朝日に書かれてますね。
椎名 おお、そうなのか。なんだか心強いな。
竹田 ケンタロー君は姫野さんの担当でもあるようです。はからずも親指シフト3大作家と仕事をしていて、社内でエキスパートのような扱いをされ、本人は使えないのに困惑しているようです。
椎名 面白いな。
竹田 それで、いつパソコンを買いに行き、情報革命が起きるんですか?
椎名 それがな。事務所のWさんがいつも修理しているところに送ったら直ると言われたらしいんだ。
竹田 そういう修理専門店があるんですか?
椎名 確か山口県の宇部市だ。思えば遠くまで送ってるもんだな。
竹田 そもそもなんで壊れたんですか?
椎名 おそらくだが、この酷暑に耐えられなかったんだよ。
竹田 気象庁のホームページによると、親指シフトキーボードが発売された1980年8月の日中の最高気温の月平均値は26.6℃にすぎませんでしたが、今年の8月は31.6℃ですって。そりゃパソコンも夏バテしますよ。
椎名 オアシスっていう名前なのになあ。
竹田 うまいこと言わなくていいんですよ。じゃあ、結論としては直って戻ってくるんですね。パソコンの時代は到来しないんですね?
椎名 うむ、今はそこまで事業を広げる時ではない。
竹田 なんでちょこちょこカッコつけた物言いするんですか。
椎名 今はただ、彼の全快を待つのみだ。
椎名誠:旅作家。最近、肝臓がらみの数字がいいのでご機嫌。あまり知られていないが楽天イーグルスファン。
竹田聡一郎:怪しい雑魚釣り隊副隊長。本業はフリーライター。サッポロの「SORACHI」が売っていると絶対に買ってしまう。