『そらをみてますないてます』

目黒それでは問題の『そらをみてますないてます』。文学界に断続的に連載され、具体的に言うと、2009年8月号、11月号、2010年2月号、7月号、10月号、2011年2月号と6回にわたって連載され、2011年10月に文藝春秋から本になって、2014年5月に文春文庫と。少し長いんですが、著者の言葉があるので、まずはそれを全文引用します。

小説だけで100冊近くを書いていると思う。小説は書くジャンルがかなりはっきり分化していて、一方はSFを基本にした超常的な娯楽小説。ひとりの人間がその頭の中でどのくらい途方もない嘘の世界を構築できるだろうか、というのがこのジャンルを書くときのぼくの最大の興味と喜びである。もう一方は私小説で、まあ昔風にいえばもっとも古典的な純文学のラインに入る。SFジャンルが途方もない虚構のストーリーに遭遇するのとは逆に、こちらはできるだけ本当に起きたことを軸にそのとき自分が思っていたことをきちんと書き連ねていくようにしてきた。それは基本的には自分の行動や意識が中心になるので、子供のころから現在にいたるまでのわが人生のその都度の断片を小説という形でまとめてきたことになる。年代順に積み重ねていくと、10冊以上がそういう本だ。この本は、ぼくが16〜17歳から20歳までのかなり危なっかしい時期を、主に喧嘩をテーマに書いた『黄金時代』の続編で、13年ぶりの作品である。両方ともに文学界に不定期で長期にわたる連載であったが、今回は少し趣向を凝らし、構成にかなり思い切った変則技を用いた。そのため私小説としての年齢幅は20歳から50代にいたるまでの幅広い時代をまたぐことになった。てらいもなく言ってしまえば、わが人生のいちばん激しい時代を正直に克明に描いたもので、書いた当人としては苦労したこともあって、久しぶりにちょっとしたカタルシスを得た。つまりは力をこめて書いたということで、読む人にそんなことをいくらか感じてもらえれば大変嬉しい。

前作の『黄金時代』は高校時代を中心にした青春小説で、喧嘩にあけくれる少年というか青年を描いた傑作でした。これはですから、その後を描いた作品で、喧嘩の日々もまだあったりしますが、のちに妻となる女性と出会う恋の小説でもある。前作といちばん大きな違いは、著者の言葉にあるように、そういう青春の日々と、並行して現代の冒険旅を描くという構成にしたこと。並行って言っていいのかな。

椎名クロスかな。

目黒青春の日々と現代の冒険旅をクロスさせながら描いていく。この構成が前作とはまったく異なっている。この構成の評価は、正直言ってむずかしい。成功しているような気もするし、やっぱり『黄金時代』がそうであったように、これもストレートに青春を描いてほしかった気がしないでもない。私は判断保留にしておきます。まあ、そういう特徴を持った小説であるということだね。そしてその構成よりもっと大きな問題が、タイトルだと思う。

椎名これなあ。

目黒この小説が刊行されるとき、椎名からタイトルについて相談されて、おれはこの「そらをみてますないてます」に反対したんだ。タイトルに関して椎名がおれの反対を押し切ったのは、実はこれだけなんだよ。

椎名本当は、書名は「ダッタン人ふうの別れの挨拶」にしたかった。

目黒第五章のタイトルになっている。この小説を読んだ人なら、その「ダッタン人ふうの別れの挨拶」が何のことかわかるよね。とても象徴的だ。

椎名でも版元から反対されたんだ。その「ダッタン人ふうの別れの挨拶」を書名にすると、おれの旅エッセイと誤解されるんじゃないかって。で、連載時のタイトルである「そらをみてますないてます」にしてくれないかって。

目黒あっ、これ、連載時のタイトルなんだ。誰がつけたの?

椎名おれが考えた。

目黒どこからこのタイトルを発想したの?

椎名なんでかなあ。

目黒「ダッタン人ふうの別れの挨拶」というのは、この小説にとってすごく象徴的で、いいフレーズだと思うけど、たしかに版元の心配もわからないではない。しかし「そらをみてますないてます」はないよ。

椎名正直いってかなり悩んだんだよ。

目黒あのね、『黄金時代』というタイトルが素晴らしいのは、あれ、喧嘩ばかりしていて、暗い話だろ。それなのに書名を『黄金時代』とすることによって、内容に深みと奥行きが生まれる。そういう相乗効果があったよね。ところが、「そらをみてますないてます」は内容を現してもいないし、深みや奥行きも生み出していない。むしろタイトルだけが浮いている。それにどこか時代に媚びている感があるのもいやだ。

椎名そうかあ。

目黒ただし、内容はすごくいいよ。イスズミとの再会シーンはいいし、なんといっても白眉は原田海が電車の中でずっと追いかけてきて、ダッタン人ふうの挨拶をするくだり。まるで映画を見ているかのように鮮やかな場面だった。ぜひ『黄金時代』と一緒に二冊まとめて読んでほしい。

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