『風を見にいく』

目黒『風を見にいく』は、小説宝石の2009年1月号〜2010年12月号に連載し、2011年8月に光文社から本になっていますが、まず著者の言葉を引用しておきます。

これまで見てきた海だの祭りだのは、まあ、簡単に言えば見えやすいが、この「風を見にいく」は、風をどう見るのかが難しいところだ。でも昔、砂漠を旅したとき、砂漠を走る風は顔を伏せて目を閉じなければならないいやな風であり、オアシスで見る麦の穂やポプラの梢を動かす風はいい風だった。その思いを世界各国あらゆる場所での様々な風に向けて一冊にまとめたものだ。「見にいく」シリーズでは思いがけず心象風景が色濃く出てきたような気がする。

椎名苦労したよこれ。

目黒見えないものを書くわけだから、やや文学的になるのがこの本の特徴かな。ジャンル的には写文集で、以前椎名の写文集を三つのパターンにわけましたが、これは文章主体で写真は少なめというやつですね。ええと、何から行きましょうか。福井の「勝山左義長まつり」の話が面白いか。「八助」という蕎麦屋を、最初は「助六」と書き、次に「六助」と書いたという話。ひどいねこれ(笑)。

椎名なかなか「八」にたどりつかない(笑)。

目黒でも「勝山左義長まつり」って、日本の祭りで椎名がいちばん好きな祭りなんだよ。その町の、特に気にいっている蕎麦屋さんの名前をこう何度も間違えるかね(笑)。

椎名(笑)。

目黒でもいい人なんだよね、椎名が謝ると「いいですよ」って。あとはこれもよかった。インドのマドラスで、暑いので寺院の回廊でへたりこんでいると、そこに象がやってきたというくだり。

椎名暑いから象も日陰にくる(笑)。

目黒でもインドにいるんだから慣れろよと(笑)。

椎名マドラスだから特に暑いんだよ。

目黒あと、これがいいね。北極圏で犬ぞりに乗るくだり。この本は世界中を旅した話が出てくるんで、暑いインドのマドラスも出てくれば、酷寒の北極圏も出てくる。この稿のラストは「犬ゾリは犬の激しい息づかいと、ソリの滑走する音と、耳もとをいく風の音しか聞こえない」。なかなか詩的な文章で素晴らしい。

椎名犬ぞりを操縦したんだぜ。もちろん練習をしてからだけど、運動神経がいいと褒められたよ。

目黒むずかしいの?

椎名怖いよ。視点が低い位置にあるから、速度を早く感じる。油断していると、振り落とされそうになる。犬がまっすぐに並ぶ直列式と、扇型にひろがる並列式があるんだ。

目黒北極圏で蚊に襲われる話も面白かった。しかしどうして北極圏なんかに蚊がいるのかね。人とか動物が少ないわけでしょ。

椎名だから人を見つけたら大変だよ。

目黒ずっと昔、佐藤秀明さんが座談会で話していたけど、砂漠だったかなあ、人がいると固まりのように飛んでいた蚊が急ブレーキをかけたようにキキーッと止まると。ここに人間がいたって。

椎名夏のツンドラをいくと、水たまりに蚊がかたまっていて、そこを馬でいくと蚊がわあーっと飛び上がってくるよ。

目黒すごいね。

椎名でも馬のほうが早いからね、馬のあとを蚊の固まりがわーっとおいかけてくる。絶対に追いつかないから、ずっとその状態。面白いのは、その蚊の固まりの後ろにもまた馬がいるんだよ。我々のチームの誰かが乗った馬。で、その馬の後ろをまた別の蚊の固まりがおいかけている。だから、あんまり馬のスピードをあげちゃうと、前にいる蚊の固まりに突っ込んじゃう(笑)。

目黒前の馬を追いかけないで待っていれば、後ろの馬がくるぞと蚊に教えてあげたい(笑)。あと、びっくりしたのは、白神山地に行ったとき、笹で目を打ち、椎名が一人で下山するくだりで、ほぼ遭難に近い目に遇ってかなり深刻な事態になる。そうか、椎名のやっていることはちょっと間違えるとこういう危険に遭遇するんだとこのくだりですでに驚いたんだけど、おっと思ったのは、ようやく老人と出会うと、涙が溢れ出る。えっ、泣いたのかって驚いた。こういう危険な目に遇って泣いたというのは初めて?

椎名いや、以前にもある。

目黒でも書いたのは初めてだよ。

椎名そうだな。

目黒本当にこれには驚いた。

旅する文学館 ホームへ