『草の記憶』

目黒次は『草の記憶』。週刊金曜日に連載して、2007年3月に株式会社金曜日から出て、2009年11月に集英社文庫と。少年小説ですね。昭和30年代の、海と山に囲まれた小さな町を舞台にした物語。具体的な地名は書かれていないので、全国どこにでもありうる町ということだろうね。

椎名そうだな。タイトルがいいだろ?

目黒もったいないよ。

椎名えっ、どういう意味?

目黒いいタイトルだから、もっと他の小説のために取っておけばよかったのに。

椎名他の小説って?

目黒これ、もちろん内容はつまらなくはないんだけど、ちょっと軽めの小説だよね。そういう小説につけるタイトルとしてはうますぎる。

椎名ふーん。見出しも全部草花の名前にしたんだ。

目黒それもいいよね。その草花の名前が、それぞれの内容に少し絡んでいる。

椎名しかも見出しにした草花の名前には嘘も入っている。

目黒えっ、どういうこと?

椎名実在しない花があるってこと。たとえば、第1話の見出しにした「オニユラシ」は嘘の名前だよ。

目黒椎名の造語ってこと?

椎名そうそう。

目黒全然知らなかった。まるで井上陽水の「少年時代」みたいな話だね。

椎名その譬えがよくわからない。

目黒あの歌の冒頭に出てくる「風あざみ」は井上陽水の造語なんだって。

椎名ふーん。

目黒植物の名前に詳しい人なら、そんなのはないって気づくのかな。

椎名オニユラシっていいだろ?

目黒これは私小説ではなくて、完全にフィクションであることを断っておいたほうがいいね。ただし、「いそうろうのしょうちゃんはぼくのかあちゃんの弟」というように,これまでの椎名の小説に出てきたキャラクターを想起するような人物もいるけど。

椎名新しく考え出す能力がないんだねえ(笑)。

目黒あとね、ミボージン会の映画会で、ほかの子供は飽きているのに、「ぼくは映写機がフィルムを回していく機械の仕組みが面白く、映画は実物幻灯機とはまったくくらべものにならないほど胸の躍るものなのだなあとずっと感心していた」とあるのは、どうかなあ。椎名のエッセイを読んできた読者なら、椎名誠が映写機に感心があることを知っていると思うけど、子供のころからずっと感心があったというのは、ちょっと嘘くさいよね。いや、本当なのかもしれないけど、後知恵みたいな感じがある。みんなと一緒に映画に飽きて走り回っていたほうがリアルだった。

椎名なるほどね。

目黒いちばんの違和感は、ラストに現在に戻る必要があったのか、ということだね。「私は小説家になっていて、もうじき五十歳になるところだった」とラストで「いまの話」が挿入されるんだけど、どうしてこういう構成にしたの?

椎名深い意味はない。

目黒これは効いてないよね。最後まで少年時代のままでよかったんじゃないかなあ。

椎名文体についてはどう思う?

目黒えっ、文体? どういうこと?

椎名意図的に変えているんだ。

目黒どういうふうに?

椎名少年の一人称一視点だろ。だから、少年の言葉で語っている。

目黒ちょっと待ってね。これまではどうしてたの? この手のものが初めてじゃないよね。

椎名いや、一人称一視点は初めてだよ。

目黒筏で川をくだる話とかあったよね、少年小説。題名は忘れちゃったけど。あれは三人称だったのか。

椎名少年の一人称一視点で書いたのはこれが初めて。だから文体を少し変えたんだ。

目黒それは気がつかなかった。

椎名作家はいろいろ考えているんですよ(笑)。

目黒それは失礼しました(笑)。

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