出版社:集英社

発行年月日:2013年07月22日

椎名誠 自著を語る

集英社新書で何か取材をしてそれをまとめないか、という話が風のように舞い込んできた。いろいろ連載ものはやっているのだが、そういうふうにあらためてまっさらなところから何かテーマを持って取材し、それで一冊の本にするというのはなかなか魅力的に思った。そこで何をやるかは別として、とにかく取材ルポを中心にしたひとつのテーマで一冊にまとめましょう、ということになり、ぼくの頭に浮かんだのは、自分の人生の中でいまだに記憶に鮮明な様々な思いのつまった場所を、死ぬ前にもう一度わが生きてきた足跡をおさらいするように再訪してみよう、という考えだった。必ずしも自分の人生を時系列にとらえて、そのなじみの場所を尋ねるというわけでもなかったが、その季節や取材に出られる日数などを考えあわせて、たとえばいちばん近いところは浅草や新宿だったり、遠いところは沖縄の先、石垣島から小舟で行く西表島の小さな村だったりした。
 取材メンバーはだいたい決まっていたが、とくに行く先々で何かテーマを持って詳しく取材するというようなきまりもなく、とにかく現地に行ってみる。するとその場所での記憶がやはりじわじわとよみがえってきて、過去に見た風景と、今現在の風景の対比が生まれる。感傷的になることはなかったが、場所によってはそれなりに感慨深い変化があったり、呆然とするほど昔と変わっていない風景もあったりして、当初考えていた以上にモノゴトを反芻し風景に助けられて回顧していくという、一応ましな話をまとめていくことができたように思う。
 この本のタイトルはそんなふうにランダムに様々な記憶の断片をまさぐっていく旅の過程で、いつのまにか頭の中に浮かんできたものである。瞬間的に浮かんだ題名ではあったが、ぼくはけっこう気に入っている。

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