『鉄塔のひとその他の短編』

目黒次は『鉄塔のひとその他の短編』です。1994年11月に新潮社から本になって、1997年12月に新潮文庫と。これは超常小説の作品集ですが、これも玉石混淆だね。

椎名どんな短編が入ってるの?

目黒いちばんいいのは「抱貝」(だかしがい)という短編だと思う。ヘンな話なんだ。一人称一視点で描かれる短編で、どうしてこの男がこの街にやってきたのか、旅の多い商売柄という説明があるだけで、他の説明は何もない。寿司屋で抱貝を食べて、そのあと赤ちょうちんに入ると、まつりを見ますかと女に誘われ、二階にあがると女が体を寄せてくる。「あんた抱貝を食べさせられたやろ」と言うんだ。なんとそれだけ。これがいいんだよ。

椎名ふーん。覚えてないなあ。

目黒宿の老婆が「ぐにだがの、はらましねえだがの」と言うんだけど、これが何の意味かわからないし、犬は「ひかひかひか」と鳴くし、全般的に何が起きているのかわからないんだけど、不気味なトーンが成功している。不安な気持ちになってくるんだ。これは傑作だよ。椎名のSF短編のベスト10に入るとは言わないけど、ベスト30には入るよ。

椎名そうかあ。

目黒以前、椎名のSF短編のアンソロジーが出たよね。あれは編集部が選んだの?

椎名いや、おれ。

目黒そのときにこの短編は選んだの?

椎名いや、忘れてたから、入れなかった。

目黒あ、読みなおしたわけじゃなくて、記憶に残っている短編から選んだのか。

椎名そうそう。

目黒それはもったいないねえ。これはいまでも読むに耐える作品だと思う。ただし、この作品集には読むに耐えない短編も入っている(笑)。それが「やもり」という短編。

椎名どんな話?

目黒死にたいって思っている男がいて、いろいろ試すんだけど、なかなか死ぬことが出来ない。問題はね、エスカレートもしないし、オチもないこと。いろいろ試して失敗して、それでも挫けずに、ラスト1行が「さあ今日こそ本当におれは死ぬんだ」。これで終わっちゃう。ようするに何も起きてないんだけど、さっきの「抱貝」とは違って、こちらには不気味なトーンも不安な気持ちも何もない。何も起きなきゃいいってもんじゃないんだね。同じ手法の成功例が「抱貝」で、失敗例がこの「やもり」。

椎名そんな短編がよく載ったよなあ(笑)。

目黒おいおい(笑)。あとは「妻」という短編がまあまあよかった。

椎名全然覚えてないないなあ。

目黒朝起きると見知らぬ女が家の中にいて妻のように振る舞っている。いったいなんだと思うところから始まる作品で、そしていろいろあったあとに、とうとう我慢できずに「あんたはいったい誰なんだ?」と言うわけ。

椎名誰なんだろう?(笑)。

目黒そうすると、あなたの奥さんに頼まれたと。私の主人は毎日家の中にいるのにもかかわらず、私のことをまともに見てないのではないか、まったく別人の奥さんがご主人の前にいても気がつかないかもしれないわね、ということになって、試しにやってみたと告白するんだ。

椎名なるほどね。

目黒あんたが書いた小説だからね(笑)。

椎名おれが書きそうな話だなあって聞いてるよ(笑)。

目黒オチは言わないほうがいいなあ。このあとにオチがあるんだけど、それは言わぬが花。傑作とは言わないけど、まあまあの出来は保っている。表題作も水準作ではあるよ。鉄塔を立てて、その上に小屋を作って住む男の話。なんの目的でそんなことをしているのかいっさい説明はないんだけど、不気味というよりも不思議さが漂っている。ただし、ラストはいらなかったような気がするなあ。

椎名どんなラストなの?

目黒本当にまったく覚えてないんだね(笑)。ほら、こういうふうなラストがつく(と説明する)。

椎名ふーん。

目黒このラストはなくてもいいような気がする。こういう感じの短編にオチはいらないと思うんだ。微妙なところだけどね。つまり、「抱貝」のような傑作から、まあまあの「妻」「鉄塔のひと」、そして失敗作の「やもり」まで、玉石混淆の作品集だね。

椎名ムラの多い作家の典型的な作品集だ(笑)。

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