『南国かつおまぐろ旅』

目黒ええと、『南国かつおまぐろ旅』です。1994年7月に文春から本になって、1997年5月に文春文庫と。赤マント・シリーズの第4弾ですね。これはすごいよ。なんといっても「クソまみれの人生」っていう回が白眉だね。

椎名なんだっけ?

目黒新宿で酒を飲んで地下鉄に乗り、荻窪で中央線に乗り換えて、その次にこうある。

「二駅すぎたあたりで最初のお知らせが脳髄のどこかに軽くチクンときた。しかしそれはその時すでに相当すすんでいたであろう事態の深刻さに較べると信じがたいほどの軽いぼんやりした情報伝達でしかなかったのだ」

ようするに腹の調子が悪くなったんだね。食い合わせでも悪かったのかなあ。

椎名ああ、あのときな(笑)。

目黒まるで他人事のように書いている筆致が面白いんで、続けて引用しておこう。

「思えばすでにこの時、わが体内の下腹部方面では脳知覚関係への適切な異変報告を意図的に遮断した、下腹部のクーデターがかなり進行し、軍部反逆のストーリーはまんまと予定軌道に乗っていたのである」

でね、やっと駅に着くんだけど、知り合いに会っちゃって、立ち話することになる。もうやきもきするんだね。そして駅のトイレに駆け込んで、やれやれと思ったら、こういう記述になる。

「あろうことかあるまいことか、おれはズボンをすっかり下ろしきらない前にやつらの一斉攻撃に襲われたのである」

よく書くよね、こんなこと(笑)。うんこ、漏らしちゃったって話だぜ。こういう事態を招いた人は他にもいるかもしれないけど、全国発売の週刊誌で書いた人はいないでしょ(笑)。調べたわけじゃないからわからないけど、戦前戦後を通じて、こんなことを週刊誌で書いたのは椎名だけじゃないかなあ。ラスト3行も引用しておこう。

「生まれて初めての体験であった。
頭の中がまっ白になり、おれはそこでついに糞死した。
死後のことはあまり書きたくない」

椎名(笑)

目黒これさ、書くのが恥ずかしいとか、そういう気持ちはなかったの?

椎名だって事実だものな。ありのままを書くのが作家だろ(笑)。

目黒これを書いたとき反響はどうだった?

椎名ちょうど映画を撮っていたときなので、スタッフから「あんなこと書けるのは椎名さんだからですねえ」って言われたな。

目黒そうだよな、普通なら書くのは控えようかなと思うよね。常識ある大人なら(笑)。いやあ、びっくりした。この『南国かつおまぐろ旅』はこれだけで読む価値があるね(笑)。

椎名別に恥ずかしくないからなあ。

目黒他人事みたいな書き方もいいよ(笑)。

椎名(笑)。

目黒あとは別にないなあ(笑)。この本はこれだけでいいよ。

椎名もう少し、何か聞けよ(笑)。

目黒高橋春男の単行本『このバカを見よ!』で椎名が堂々3位になったという回もあるね。このときのベスト10を覚えている?

椎名覚えてないなあ。

目黒①ナベツネ②伊丹十三③椎名誠④ホーキング⑤筒井康隆⑥貴ノ花⑦金賢姫⑧小泉今日子⑨角川春樹⑩ビートたけしの10人だね。なんだかホメているのかケナしているのか、よくわからない(笑)。この単行本は第2弾が出たの?

椎名出なかったな。

目黒いや、「バカ第3位としては打倒ナベツネを狙いたいところだ」とここで書いているから、このあとどうなったかと思ってさ。

椎名1位になりたかったな(笑)。

目黒あとはそうだな、「改行改革」という回は面白かった。

椎名なんだそれ?

目黒週刊文春に連載しているエッセイの中で、赤マントだけが黒っぽいと誰かに言われて考える回だね。で、黒っぽいのはどうやら改行が少ないからだってことに気づくわけ。そこで今回は改行を多くしてみようと。

「ああ」
とか、
「うう」
とか、
「うふーん」
とか、
「そこ」
とか、
「もうダメ」
などというのが考えられる。

と続くんだけど、ようするに1回しかできないお遊びの回だね。くだらなくていいよ。でもこの『南国かつおまぐろ旅』は、「クソまみれの人生」が突出しているから、なにをもってきてもあれには勝てない。

椎名いやはやだな(笑)。

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