『白い手』

目黒『白い手』は、青春と読書に連載して、1989年5月に集英社から刊行。集英社文庫に入ったのが1992年6月。青春と読書には『岳物語』を始めとしてずっと私小説を書いてきたんだけど、これはちょっと異質だよね。昭和三十年代の子供たちを描いた少年小説で、短編集かと思ったら連作長編になっている。これは実話をもとにしているの?

椎名これは、ちょっと面白い裏話がある。

目黒ほお。

椎名おれは高校二年のときからグレはじめて、三年のときには番長だったわけだよ。その三年生のときに学校新聞を作っていたやつが妙に馴れ馴れしく近寄ってきて、小説を書かないかと言うわけ。そのときに思い出したのが小学生のとき近所の大きな洋館の2階の窓から白い手が突き出ていた風景なんだ。あとで聞いたら脊椎カリエスで寝込んでいた少女が窓から手を出していたらしいんだけど、ああ、手で風を感じていたんだなあと思ったわけ。それを「白い手」という題名で学校新聞に書いたら、先生が信じないのさ、あの椎名がこんな小説を書くわけがないって。

目黒そのときになぜ学校新聞の担当者が椎名に小説を依頼したの? 椎名はそれまでに何か書いたことあるの? いくらなんでも、ただの乱暴者にいきなり小説を頼まないぜ。このインタビューの最初のころに椎名が高校の機関誌に小説を書いたって話があったよね。学校新聞に「白い手」を書いたのと、その高校の機関誌に小説を書いたのはどっちが先なの?

椎名それがわからないんだ。

目黒高校の機関誌の話のときも、どうしていきなり文芸同好会だっけ、そこから小説を依頼されたのかわからないって言ってたけど、この学校新聞の「白い手」が先ならば、それを見て、文芸同好会が小説を依頼してきたって話がつながるよね。もっとも、最初の学校新聞のやつはどうして椎名に小説を頼んだのかという疑問は残るけれどね。

椎名もしかすると、上田凱陸君が学校新聞の担当者で、彼が依頼してきたのかなあ。

目黒凱陸君は学校新聞の担当者だったの?

椎名いやわからないんだけど、それなら話がつながるなと。

目黒そういう友達関係じゃないのかなあ。椎名の友達でもなんでもない人間が、乱暴者の番長にいきなり小説を依頼してこないでしょ。いま椎名君は喧嘩ばかりして荒れてるけど、本来は本が好きな人間だから、小説を書くことですさんだ心が癒されるかもしれない、じゃあぼくが頼んでみようって、もしも凱陸君が学校新聞の担当者だったら、そう思ってもけっして不思議ではないよ。

椎名そうだなあ。

目黒そのときの「白い手」を載せた学校新聞は残ってないの?

椎名ないんだよ。

目黒窓から女の子の手が出ているのを小学生の少年たちが見て、ハーモニカを吹くと少女が手を振るようになるってあたりはいい話だよね。じゃあ、ここに出てくる親分格のヒロミツとか、パッチンとかケツメドとか、みんな、モデルがいるの?

椎名うん。小学校時代のオレの友達だよ。

目黒話も実際にあった話? それとも話はフィクション?

椎名全部実際にあった話だよ。

目黒よく覚えているなあ。

椎名小学生のころの話は幾度か書いてるよ。このあとリメイクしてさ。パッチンも出てくるよ。

目黒へーっ、それと読み比べてみたいなあ。

椎名これよりずっと後だなあ。いまから7〜8年前だったかな。

目黒このインタビューは刊行順にやってるからなあ。7〜8年前といえば、2006年くらいか。まだ1989年だから、あと17年分をやらないとそのリメイク作品にたどりつかない。それまでこの『白い手』を覚えているかなあ。覚えていたら比較したいな。同じ素材をどうやって書いているかを比較すれば、椎名がどこまで変わっているかが明確になるから面白いよ。

椎名比較してくれよ。

目黒これ、連作長編だけど、6本の短編には一つずつタイトルが付いている。「カイチューじるこ」「ポンプ倉庫」「壁新聞」「学芸会」「ソロバン塾」「春休み」って。つまり、「白い手」という短編はないわけ。それなのに連作長編のタイトルを「白い手」にしているのはいいよ。これはなかなか面白かった、というのが結論だね。

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