『風景進化論』

目黒はい、次は『風景進化論』です。これは1984年3月に情報センター出版局から刊行されて、平成5年に新潮文庫に入っている。これは面白かった。というのは、実はオレ、単行本のときに読んでなかったんだ。書名が『風景進化論』だから、風景から触発される思考というか、哲学的に瞑想するとか、そういうなんだか小むずかしい本かと思って敬遠していたんだけど、全然違う本だよね。

椎名そんな難しい本をオレが書くわけがない(笑)。

目黒椎名がどこかへ行って、そこで見た風景を入り口に、記憶をどんどん堀り下げていくんだね。ただの旅エッセイではなく、旅は旅でも記憶の旅。そこが面白かった。

椎名これは写楽に連載したもので、写真プラスエッセイ。

目黒雑誌連載のかたちで読みたかったね。というのは単行本も文庫も、造本上仕方ないんだけど、写真と文章が別々になっちゃうんだ。これはやっぱり写真を見ながら文章を同時に読んだほうが味わいがある。まあ、仕方ないけど。

椎名そうだなあ。

目黒面白い箇所はいくつもある。たとえば、冒頭に収録されている「どははは列車」というエッセイで、作家になったあとの取材旅で新幹線に乗ったら、三ツ揃いのゴーマン男が隣に座って、いらいらしたとき、このあとが面白い。そこを引用すると、
ふいに殴ってしまおうか! と思った。われながらそのあまりにも唐突で直截で単細胞的で真剣な感覚にすこし驚いてしまった本当に殴ってしまったら面白いだろうな、と 思った。
という箇所があるんですよ。これ、いつも喧嘩してきた人の感覚で、こんなことを考えるなんてとんでもないよね(笑)。普通の人なら、「ふいに殴ってやろうか」なんて絶対に思わないぜ(笑)。これは異常だよね、それがすごく面白い。

椎名電車に乗ると、どのやつが悪い野郎かなって探してたもの(笑)。

目黒(笑)いまの話じゃないよね、昔の話だよね(笑)。

椎名まあな。

目黒自分から探すとは思わなかった(笑)。

椎名高校のときなんかはそれで喧嘩になるんだよ。どこかにガンつけるやつはいないかって探すわけ。

目黒(笑)ちょっと待ってね。別に喧嘩しようって思って電車に乗るわけじゃないよね。どこかに悪い野郎(笑)がいなければ喧嘩しないわけだよね。自分から突然、全然関係ない人に殴りかかるわけではないと。

椎名そりゃそうだよ。

目黒『哀愁の町に霧が降るのだ』の中の有名なシーンがあったよね。椎名が電車に乗ったら、向こうから椎名を見てるやつがいて、二人の間に何の会話もないのに黙って二人で電車を降りて川原で殴り会うシーン。あれは向こうも椎名のようなやつで、どこかに悪い野郎がいないかって探してたのか。だから目があっただけで、もう喧嘩することが決まっちゃって、それで二人ともさっと電車を降りちゃうのか。

椎名そうだよ、世の中には同類がいるんだ。

目黒それは異常だよ絶対。誰か殴るやつはいないかって探すわけだろ。そういうのがなくなったのは何歳から? つまりどこかに悪い野郎がいないかって探すの(笑)。

椎名電車に乗らなくなりました。

目黒それは良かったねえ(笑)。あともう一つ、二十七歳のとき仕事で九州をまわっていたとき、カーフェリーのデッキで見た女性と無性に話がしたいと思うくだりが、この本の中にある。ここがいいね。詳しいことは『パタゴニア』のときに話すけど、あの本にも似たようなくだりがあるでしょ。なんというのかな、いまを捨ててどこかに行きたいというか。

椎名みんなあるだろ? そういうのって。

目黒だから椎名が探しているのは、目つきの鋭い悪い野郎(笑)だけじゃなくて、そういう女性も探してたと(笑)。とにかく結論としては『日本最末端真実紀行』と同じような国内旅エッセイではあるけれど、こちらは「見たもの」から「記憶」を掘り起こしていくから、その分だけ深くなり、奥行きが生まれていく。

椎名小説に近くなるよな。

目黒そうだね。そういう味わいがある。いま読んでもこれは傑作だよ。

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