『哀愁の町に霧が降るのだ』その2

目黒この本で初めて知ったんだけど、沢野とシーナは高校三年間ずっと一緒じゃなかったんだね。高校一年の三学期あたりで沢野は中野に転校していったと。とすると、沢野とシーナが同級生だったのは一年足らずだったということになる。これが不思議だよね。だって1年しか一緒にいなかったやつと普通はこんなに親しくならないだろ?

椎名あいつ、すぐ訪ねてくるだろシーナ君って。呼んでもないのに(笑)。

目黒中野に引っ越してからも、しょっちゅう訪ねてきたと。

椎名あとは同級生のときに、学校をさぼって一緒に鋸山に行ったんだ。そしたらすれ違った電車に先生が乗っていて、あわてて顔をかくしたりとか。

目黒いい話じゃん。

椎名沢野もオレも山登りなんかしたことないんだよ。でも沢野の兄貴が山登りしてたから、見よう見まねでハーケンをがんがん打って、何もしらないんだよオレたち。で、五メートルくらい落ちたり、帰りにミカン畑からミカンをかっぱらって、山登りは難しいなあって沢野と話しながら帰ったんだよ。

目黒いい話じゃんそれ。

椎名それを書いたのが「ハーケンと夏みかん」。

目黒そうか、それ、読んでないんだオレ。読みたいなあ。

椎名そんなことしてたから親しくなったんだな。オレんち来て、オレの部屋を掃除してくれるんだよ。だから、おふくろが喜ぶの、綺麗好きな人ねえって。

目黒この本の構成にも触れないといけないんだけど、いちばん最初が「話はなかなか始まらない」、次の章が「まだ話は始まらない」で、現在の話から入るよね。文庫本で70ページ以上が現在の話で、沢野と高校一年のときに会うシーンがやっと出てくるのはそのあと。これは書き下ろしが大変で、苦し紛れだったんだろうけど、それなりの効果はあったと思う。過去と現在の対比が、物語の奥行きを作っているところはある。でもそのあとも現在が随所に挿入されるんだけど、その挿入が目的化していったところがある。つまり不要な部分が多いよね。

椎名目的化って何?

目黒つまり脱線しなければいけないんじゃないかって、意味のない現在の挿入が始まるわけだよ。効果をあげているところもあるんだけどね。

椎名なるほど。

目黒具体的に言うと、第六章の「ごった返しのビートルズ」は羽生理恵子が初登場する章だから重要なんだけど、ここに挿入される現在はいらないよね。東海林さだおさんと会って丼物のベスト3を決めたとか、木村晋介に会ったら背中が痛いと言われたとか菊池仁と銀座で会う話とか、すべて不要。ごちゃごちゃと混乱させているだけで意味がない。第21章「言い訳の多い幕開け」もまるごと不要だね。

椎名プロットを何も考えずに、頭に浮かんだ順で書きはじめたからなあ。

目黒椎名がどこかに書いていたんだけど、この本を書くことが出来たのは当時の日記があったからだって。それを誰が保管してたの?

椎名木村だよ。大学ノートで3冊。

目黒ちょっと待ってね、四人で共同生活してたのは年譜を見ると一年だよね。それで大学ノート3冊にもなっちゃうの? 椎名たちが出て行ったあともイサオが友達をつれてきて暮らしたらしいから、その時代の日記も含めて3冊?

椎名いや日記は木村が出ていくまでだな。

目黒それで3冊か。

椎名みんなが書いたからな。

目黒交換日記みたいなやつ?

椎名連絡帳だな。せっかくきたのに誰もいなかったとか。だから、帰ってきてから読むと、誰もいないときにあいつ、来たんだとわかる。

目黒ちょっと待って。ということは、その日記って君達4人が書いていたっていうよりも、その部屋に来た人たちの連絡帳ということか。

椎名そうそう。

目黒書いてないことがいっぱいあるから、わからないことがたくさんある。たとえば木村晋介が克美荘を出ていったことは書かれているんだけど、シーナが出たことは書かれてないんだ。久しぶりに訪ねてみると、というくだりが出てきて、このころはもう克美荘を出ていたのかってようやくわかる。

椎名オレは自宅に帰ったんだな。

目黒ごちゃごちゃと余分なことは書かれているのに、大事なことは結構書かれていないんですよ(笑)。そうだ、誰もいないのに訪ねてきたやつが日記に書き込むってことは、その部屋には鍵をかけてないってこと?

椎名かけないよそんなの。取られるものは何もないし。

目黒そういうことをきちんと書いてほしかったなあ(笑)。

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