出版社:新潮社

文庫

発行年月日:2000年12月01日

椎名誠 自著を語る

タクラマカン砂漠のロプノール及びその湖畔に二千年前まで存在した楼蘭古城へ行くのが、ぼくの子どもの頃の夢だった。そのきっかけになったのは、小学校の時に学校の図書室でタイトルの奇抜さで手に取ったスウェン・ヘディンの「さまよえる湖」である。ある意味では、その本との出会いがぼくの人生にひとつの方向を与えてくれたといってもいいと今は強く思っている。いつか必ず行くのだと思った少年時代、タクラマカン砂漠のある中国と日本は国交がなかった。したがって、行こうという意志だけでは遥か月よりも遠い存在だった。その後、田中角栄が現れて日中国交正常化がなされ、ぼくはいつのまにか作家となり、『楼蘭』という小説を書いた井上靖さんとも親しくなっていった。そして朝日新聞社が中国と共同で企画した日中共同楼蘭探検隊の一員に選ばれたのだ。人生の僥倖といってもいいだろう。 ぼくはまだ30代と若く、この地に外国人探検隊が入るのは大谷瑞超以来75年ぶりであった。かなり苦しい旅ではあったが、夢にまで見たヘディン探検隊の頃にもあった巨大なストゥーパを前にして感動して涙が出たことを覚えている。しかしその後20数年して、この楼蘭近辺で20年間にわたって中国が核実験をしていたという事実が露見し、もしかするとこの探検隊のかなりの人々が被爆している可能性があることを知った。ぼくもそのうちの一人である可能性が強い。タクラマカン砂漠は砂の海だが、うんとブラックに考えると死の海であるかもしれないのだ。(2011年 椎名誠 語りおろし)

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