『この道をどこまでも行くんだ』

目黒ええと、『この道をどこまでも行くんだ』です。東京スポーツの「風雲ねじれ 旅世界さまざま」2016年1月〜2019年2月に連載した分をまとめて、2019年9月に新日本出版社から刊行されました。2回前にとりあげた『旅の窓からでっかい空をながめる』と同じ連載期間だ。

椎名そうだね。2冊の単行本を作ったわけだ。

目黒これは驚いたなあ。

椎名なにが?

目黒ヨーロッパの名だたる探検隊が、敦煌の洞窟の壁画をはぎ取ったり、仏像を国に持ち帰ったりしたって言うんだけど、これは有名な話なの?

椎名有名だよ。

目黒ひどいね。

椎名本多勝一さんが『マゼランが来た』に書いてるだろ。現地人から見れば、探検隊なんて略奪、虐殺のかぎりをつくす悪魔であったと。

目黒その『マゼランが来た』はどこかの文庫に入っている?

椎名朝日文庫に入っている。

目黒あとね、アマゾンのピラルクーの話が出てくる。世界最大の淡水魚で、成長すると4メートルになる大きさだから、一匹仕留めると数カ月分の生活が約束されると。で、焚き火で焼いたものを食べたら「白いマグロのトロを焼くとこんなふうになるのではないか」と書いているんだけど、肝心の味についての記述がない。これはまずかったの?

椎名(笑)。いや、そんなことはないよ。

目黒だって、おかしいよ。味への言及がないのは。客観的な描写にとどめて味について書かないのは、まあ、まずくはなくても特に言うほどのことでもないからだよ。

椎名なんでそう決めつけるんだよ(笑)。醤油があればきっと美味しかったと思う。油が濃いんだ。

目黒ほら、けっして美味しいわけではなかったと。もう認めなさい。

椎名(笑)。

目黒文章というのは正直だからね、たとえばね、オーストラリアのブッシュメンの主食が砂トカゲで、焚き火で焼いたものを食べたが、これはササミの味がして結構イケル、と書いている。ね、美味しい場合はちゃんと書くんですよ。だから、ピラルクーは怪しいと思う(笑)。

椎名マッチ一本で火を付けるのには感心したなあ。

目黒えっ、それ、書いてないよ。そういうディテールが面白いのに。

椎名書いてないの?

目黒書いていません。

椎名時間に追われて書いているからなあ。

目黒あとね、パタゴニアの若い羊の丸焼きが世界でいちばんうまい、と書いているんだけど、ええと、具体的には次のように書いていますね。「羊は内臓を取り除いて、鉄でつくった十字架状のものに羊の開きをくくりつけ、裏表を1〜2時間かけてじっくりと焼く。鮎の炭火焼きをでっかくしたものと思えばいい」と書いている。あのさ、羊って焼く以外にどうやって食べるの?

椎名パタゴニアでは焼くけど、モンゴルでは蒸すね。焼くと油が落ちちゃうだろ。モンゴルでは油も大事な栄養だから、そのまま蒸して全部閉じ込めちゃう。

目黒なるほどね。ところで、アリューシャン列島のアトカ島で漁師のナイフを買うくだりが出てくるんだけど、このナイフはまだあるの?

椎名あるよ。

目黒おれはナイフに興味がないから、欲しがる椎名の気持ちがわからないけど。

椎名おれ、理想のナイフがあるんだよ。

目黒なに?

椎名薪を割れて、ヒゲを剃ることも出来るナイフ。

目黒そんなのあるの?

椎名ないんだよ。

目黒でもさ、普通に考えれば、それ、不便だよね。

椎名どうして?

目黒だって、薪を割るならば、ある程度の大きさが求められるよね。小さなナイフでは薪を割りにくいし。ところが大きなナイフでは逆にヒゲを剃りにくい。

椎名それは理屈だろ(笑)。

目黒いやいや、おれは現実的な話をしているんだよ。

椎名理屈を言うやつ、いやだな(笑)。

(この対談は2020年1月27日に行われました)

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