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出版社:集英社

文庫

発行年月日:2018年10月25日

椎名誠 自著を語る

ぼくの書いているジャンルには何系統かあって、川のようにそれらはいくつもの支流になって広がって行ったりする。私小説系だけで見てもいくつかの流れがあるけれど、最も広く知られたのが『岳物語』から始まる日常茶碗みそ汁たまご焼き的な、つまりなんということもない毎日の生活の中で目の前にあらわれる題材をそのまんまお話にしていったものだ。そして自分の息子である長男の岳君が小学二、三年生の頃に、毎日のようにしでかすいたずらの数々を書いていったのが始まりだった。これは書き手としては非常に楽なもので、極端にいえば一日家の机の前でペンを持って原稿用紙を前にしていると、岳君やそのまわりの友達がやってきて、自然にいろんな面白話になる題材を提供してくれるのだ。 それはシリーズとなり、さながら大河小説群のようにして続いていった。やがてその岳君が留学先のアメリカ生活の中で結婚し、子供が生まれた。つまりぼくの孫である。孫というのは子供と違ってちょっと距離のある付き合いをする連中だが、やっぱり血は争えないもので、彼らもまた黙ってみていればいろいろなことをやってのけてくれる。 岳君のアメリカ生活は17年にわたったが、そこで彼が子育てをする話、そして三人目の子どもを産むために日本に帰ってきてからの話。ぼくは孫たちを三匹のかいじゅうと呼んだが、まさしくどんどんじいちゃんになっていくぼくから見れば、何をしでかすかわからない別宇宙の生き物のようなとてつもなく面白い題材なのだった。  この『孫物語』は小説というわけではなく、出版社はエッセイとカテゴライズしているが、ぼくにとってはどっちでもよかった。小説だとストーリーをずっと追っていかなければならないけれど、エッセイというジャンルになっていくと出来事から派生するいろいろな面白話をそこに編み込んでいくことができる。とりあえずはある年の一年間としてこの話はまとまっているが、その後もかいじゅうたちは暴れ回っており、いつまたこの続きを書きたくなるかわからない不穏な可能性がある。

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