『ケレスの龍』

目黒ええと、次は『ケレスの龍』です。小説野性時代に2014年1月号から2016年4月号まで不定期連載され、2016年7月に角川書店から刊行された長編です。これはね、帯コピーが面白そうなんだよ。「犯人を追って宇宙への長い旅が始まる!」っていうんだ。椎名のSFで宇宙を舞台にしたものってないよね。

椎名うん、書いてなかったな。

目黒これが初めてだ。これは「北政府」ものの長編なんですが、元傭兵の灰汁銀次郎と相棒カンパチが誘拐事件の解決を依頼される。細かなところをはしょって紹介すると、誘拐事件は早々と解決するんだけど、犯人たちが逃げ出しちゃう。で、それを追いかけて宇宙に飛び出していく──という話なんだけど、まず作者の弁を聞きましょう。この長編を書こうと思ったきっかはなに?

椎名宇宙エレベーターの話を書きたかったんだね。

目黒その宇宙エレベーターの話を始めると長くなりそうなんで、クラークが言いだしたことと、その詳しい内容については椎名の著作である『すばらしい黄金の暗闇世界』で紹介されていると書いておこう。宇宙旅行するために、天にむかってエレベーターを作る、と思えばいい。

椎名奇想天外な話ではなくて、きわめて現実的なアイディアであるということは言わせて。

目黒はいはい。その宇宙エレベーターの話はいいんだよ。喋る鳥が出てきたりして、ディテールは結構いいんだ。この「喋る鳥」のところで思い出したけど、数年前に翻訳されたヤングアダルト小説の冒頭に、世界にあるウィルスが蔓延したために、動物たちの声が聞こえてくるというくだりがあった。犬が「うんちうんちうんち」「ごはんごはんごはん」と言いながら走りまわっているの。つまり犬はそのくらいのことしか考えてない、ということだよね。

椎名なんという小説だ?

目黒それが思い出せない(笑)。あとは捕虜と樹木を融合させてしまう樹林刑というやつも、想像力を刺激してくれる。ええと、この樹林刑は椎名の、なんだっけ?

椎名なに?

目黒筒井康隆の「佇む人」にインスパイアされた短編があっただろ?

椎名なんだよ?

目黒「いそしぎ」だ! あの傑作を彷彿させるよね。

椎名必ずしも同じではないけどね。

目黒そういう細部はいいの。問題は、そういう世界を描くことに作者が夢中になって、ストーリーが後退していること。だから躍動感がない。ストーリーをもっと前に出して、世界の描出はそのあとでいい。

椎名お言葉ですが(笑)。

目黒なに?

椎名ストーリーよりもディテールのほうが大切だって、ずいぶん前にお前に聞いたぜ(笑)。

目黒それは、ケースバイケースだよ(笑)。

椎名あのね、いつも先を考えないで書きはじめるから、3回くらい書くと詰まっちゃうんだよ。

目黒それはわかるけど(笑)。

椎名びしっと最後まで書く能力なんて、おれにはないよ(笑)。

目黒それは違うよね。あなたはまだ小説家としての才能は十分にある。

椎名あんまり期待されてもなあ。

目黒昔だって、途中でつまったことは何回もあっただろう。いちばんはあの『アドバード』だよ。1章を書きおわってもうあとが続かない、というときになんとか踏ん張ったおかげで、あの樹木の話が出てきた。そういう努力を昔はしていたと思う。あなたは自分で自分の才能を引き出していたんだよ。ところが最近は、もういいやって楽なほうに逃げているんだ。

椎名編集者はお前とちがって、こんな小説でも褒めてくれるぜ(笑)。だから、またやる気が出る(笑)。

目黒困ったねえ(笑)。

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