『水惑星の旅』

目黒ええと、次は『水惑星の旅』です。「考える人」の2009年冬号〜2010年秋号に連載し、2011年5月に新潮選書の一冊として刊行された本です。膨大な書物を繙き、これまでの旅の経験を語り、そうして水の問題を考えるという椎名ならではの本だね。なかなか読みごたえがあります。ええと、こまかな話がいくつもあるんですが、これからいこうか。中国の黄河で家が流れてくるのを見るくだり。椎名が驚いていると通訳が「あの家は捨てられたのです」。家を川に捨てちゃうのはすごいよね。

椎名どうしてそんなことをするのかと質問したんだけど、「どうして」を「どのようにして」と通訳の人が誤解して、簡単ですブルドーザーでざざーっと押して川に落とすんですと(笑)。

目黒すごい話だね。ええと、南極の氷は真水でうまい、と出てくるんだけど、海の水が凍ると塩分はなくなるの?

椎名凍結すればそうなるよ。

目黒知らなかった。椎名はその南極の氷がおいしいって書いているんだけど、どこで食べたというか、呑んだというか、氷を味わったの? パタゴニアに行ったとき?

椎名南極から流れてきた氷河の氷さ。

目黒氷河? ちょっと待って。じゃあ、北海道の端のほうに流氷がくるでしょ。あの氷も真水でおいしいの?

椎名いや、海流とか凍り方とかいろいろな条件というのがあって、海水が混ざったまま凍っちゃうのもあるらしい。

目黒ふーん。それと、日本で販売されている水とガソリンでは水のほうが高いってあるけど、これはいまでもそうなの?

椎名そうだよ。だって水は500ミリリットルで120円くらいだろ。ガソリンはこのころ1リットルで160円だった。いまは180円か。それでも水のほうが高い。

目黒へー、砂漠の国では石油より水のほうが高いって言うけど、日本でもそうだとは知らなかった。ちょっと待って、だったらそれ、日本だけじゃないんじゃないの? 世界中で水のほうが高いってならない?

椎名そうだな。水は貴重ということだよ。

目黒あと、昔、式根島へ行ったとき水を買った話が出てくるんだけど、現在の価値に換算すればバケツ一杯5000円くらいの価値があったというんだけど、5000円はないだろ。おれの記憶ではバケツ一杯500円だった。それが5000円になる?

椎名だって20年前だぜ。物価は10倍になってるだろ。

目黒ええと、式根島へ行ったのは40年前だね。本の雑誌を始める前だもの。

椎名ほら、だったら物価は10倍になってるぜ。

目黒そうかなあ。まあ、あとで調べておく。

(調べたら昭和50年の天丼は500円、コーヒーは150〜200円、銭湯は100円、散髪は1400〜1500円、都バス70円だった。つまり、物価は10倍になってるというのは椎名の勘違い)

椎名おれが買いに行ったんだよ。

目黒浜辺にあった井戸は海水をくみ上げちゃうから飯が炊けない。あれはひどかったね。で、椎名が島の人の家に交渉しにいった。バケツ一杯500円で売りますと看板が出ていたわけではなくて、交渉して売ってもらったの。あったなあ、そんなこと。あと、驚いたのは水の大飲み大会で人が死亡したというくだり。

椎名アメリカの話な。

目黒8リットル呑んだら、低ナトリウム血症になって死亡したと。

椎名昔の拷問に水を飲ませる方法があっただろ?

目黒拷問の歴史とかの本に出てくるね。なんでアメリカで水の大飲み大会をやったんだろう?

椎名昔の話だから、水を大量に呑んだら低ナトリウム血症になるって知られていなかったんだろうな。

目黒江戸時代の「水売り」と「水屋」の違いも面白かった。

椎名どう違うんだっけ?

目黒「水売り」は夏の暑い盛りに冷たい水に白砂糖と白玉を入れて一杯四文くらいで売り歩いていた商売。「水屋」は日常の飲み水に不自由している地域や人に、うまい水を売りにくる商売。

椎名何かの本に出ていたんだろ?

目黒東京都が出している『都史紀要三一 東京の水売り』という本からの紹介だね。こんな本まで読んでいたんだ。

椎名そのころは水に関する資料をいっぱい集めていたから。

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