『雨の匂いのする夜に』

目黒次は『雨の匂いのする夜に』です。アサヒカメラの2009年7月号から2012年12月号まで連載した「シーナの写真日記」を改題し、加筆・再構成して、2015年11月に朝日新聞出版から刊行と。アサヒカメラに連載して単行本になるのは、これで4冊目だけど、これはタイトルと装丁が抜群にいい。

椎名装丁は、多田進さんだよ。

目黒タイトルは椎名の書き文字で、これがいい。タイトルそのものもいいんだけど、書き文字にすることで独特の情感が生まれている。さらに、バックになっている写真が素晴らしいよね。雨にけむるベトナムのチャウドックという町の、これは何の店?

椎名カフェというか、食堂だな。

目黒店の前にバイクが止まっていて、それをちょっと離れたところから撮っている。タイトルと絡み合って、独特のムードをかもしだしている。

椎名ここはアジアでいちばん湿気のあるところで、おれが行ったときは雨期に入っていたからとにかくすごかった。

目黒本文で書いてるね。着ている服がたちまちにびしょびしょになるって。問題はね、装丁は素晴らしいんだけど、帯の惹句はなに? これは編集者がつけたの?

椎名おれが書いた。

目黒本当? てっきり編集者が書いたコピーと思った。だって、よくないよこれ。「旅から旅への雲や風 至福と蠱惑の夜の粒々」って、せっかく装丁は情感たっぷりなのに、帯にごつごつした説明を付けたんじゃ台無しだと思う。

椎名そのときは急いでいたんだよなあ。

目黒それに、そのメインコピーの下にある「椎名誠の粗い写真とその文章」というコピーはなに? これも椎名が自分で書いたの?

椎名おれだよ。

目黒これもよくないよね。「粗い写真」って、どんな意味なの?

椎名粒子が粗い写真って意味だよ。

目黒素人っぽく見えるかもしれないけど、下手うまみたいなものですよって、ある種の自慢なのかと思ったけど、違うのか。

椎名へりくだっているんだよ。たいした写真じゃありませんよって。

目黒ふーん。ま、いいか。チベットからネパールにいく国境の町ニャラムの話がすごいよね。このニャラムは険しい渓谷の上にあって、そこにたくさんホテルが並ぶ写真を見ると、ここが観光地であるかのように見えるけれど、椎名の本文を読むとけっしてそうではない。

椎名観光地の要素がないのに、どうしてこんなにホテルが建っているかというと、泊まる人が多いからだよな。じゃあ、なぜ泊まる人が多いのかっていうと、国境を越えるまでここで足止めされるから。

目黒国境の係員が意地悪して、なかなか通過できない。

椎名おれの知り合いは、一週間監獄にいれられたよ。賄賂、払わなかったから。

目黒ひどいね。

椎名国境の町はどこもひどいよ。

目黒ネパールも?

椎名全部ひどいのは中国だよ。

目黒司馬遼太郎『街道をゆく』に、「もし宇宙人がきて最初に地球を見せるのだったらここにしたい」というような話を書いてある青森県の種差海岸の写真が、この本のなかにあるんだけど、それをいくら見ても、司馬遼太郎がどうしてそんなことを言ったのかがわからない。

椎名これは有名な海岸なんだよ。みんなが写すポイントは決まっているから、それらと同じ写真をおれが撮っても意味ないしね。

目黒ふーん。

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